続・日刊こくぶ現代

腐ってうがった斜めの目線ではなしをしましょう。

理科室の骨子さん

 

「骨子さん、骨子さん」
僕の通う高校の七不思議のひとつにこんなものがあります。
放課後、第二理科室の人体骨格模型に話しかけると、会話をすることができる。悩み相談に的確に答えてくれる。質問になんでも答えてくれる。ただし十六時四十五分から十七時四十五分までの一時間だけ。
「骨子さん、骨子さん」
まあ、僕にはそんな御託はどうでもいいんです。これは、衝動ですから。
「骨子さん、骨子さん、骨子さん」
四十五分まで、あと五秒、四秒、三、二、一……
「骨子さん骨子さん骨子さん骨子さん骨子さん骨子さん骨子さん骨子さん骨子さん骨子さん骨」
「ええい!やかましい!」
「骨子さあ~んっ」
彼女の前に腰掛けた僕は、その細い指をそっと取ってやわく握る。
「三郎丸さん……あなたはいつもいつも……暇なんですか?」
「暇なわけないじゃないですか!骨子さんと語らうという重要な事案があるんですから」
「はあ……」
ああ、その困ったような声や仕草もたまらない。
「今日もかわいいです、骨子さん」
「……三郎丸さん、今日は何をしに来たんですか?できれば悩み相談とか質問とかしてほしいんですけど」
「質問ならありますよ!」
「あら」
「骨子さんのことを想いながらたくさんたくさん考えたんです、骨子さんに捧げるにふさわしい最上の質問を……!」
「あ、ありがとうございます。では、時間もあまりないのではやく私に尋ねてください」
「はい、よろこんで!」
彼女の大きな瞳をまっすぐ見つめた。
「骨子さん」
「はい」
「骨子さんの、」
「はい」
「性感帯って、どこですか?」
「……はい?」
「性感帯、です。骨子さん」
「三郎丸さん?」
「肉のついた女の子に関しては経験も知識もあるのですが、スレンダーな骨子さんの身体は未知のせかいです。やはり定番といえばうなじや鎖骨や耳……骨子さんのお耳は大変慎ましやかであまり乱暴にしたら壊れてしまいそうだ……いっそ歯や足の指など一般的にはマニアックとされる部分を責めてみる価値も……ありますね、大いにあります。ああ!もしや今僕が握っている美しい手の指とか!僕が毎回こうして何の気遣いもなく触る度に骨子さんの劣情をいたずらに掻き立ててしまっていたなんてことは!なんてことだ僕は麗しきレディにとんだ失礼を……!ああ、ああああああ紳士失格だああああああこんな愚かな僕をどうか骨子さん見捨てないでえええうえええええ」
「きもちがわるい!」
「痛い!愛が痛い!突き刺さるようだ!」
「突き刺さしていますからね!」
華奢な指が僕の眉間をグリグリとえぐる。そうこなくっちゃ。僕より年上なのにうぶなところもいい。
「好きです、骨子さん」
「わ、わたしは三郎丸さんいやですっ」
ほんのり彼女の頬が赤く染まっているのは、決して夕陽だけのせいではないと思っている。その丸い頬にキスをしたいと思っている。思うくらい良いだろう。
「それでも僕は好きなんです、あなたが」
この大事な一時間を誰にも渡したくないと、白い指を握る手の力が強まってしまうのもしかたがない。なんたってこれは、自分でもどうしようもない、反射で衝動なのだから。
僕は、人体模型に恋をした。

おわり。

骨子さん…とある高校の第二理科室に展示されている人体骨格模型。下ネタに耐性の無い乙女。台座に身体が固定されているので移動などはできないが、手くらいは動かせる。押しに弱い。

三郎丸(さぶろうまる)…骨子さんに恋する健全な男子高校生。下ネタをわざと言ってあたふたする骨子さんを見るのが好き。三郎丸は名字。好きな教科は保健体育と生物と国語と倫理。

こくぶでした。